2012年01月13日
奄美ジャメー化計画
ヤーマン。 バナナマフィンだす。
ご存知の方はご存知でしょうが
ワタクシめ、かれこれ20年以上前から
奄美ジャメー化計画 という
ヒトリヨガリなプロジェクトを提唱しております。
これは、その名称の通り、
ワキャ島奄美大島を
レゲエの聖地ジャマイカのような
ラフで、タフで、ナフリスペクトで
世界的にメジャーな島に変えてしまおう
という、とてつもなく壮大なプロジェクトなんでございます。
では、なぜ、ワンが、こんなプロジェクトを推進しているか?と言いますと・・・
ワキャ島奄美大島が、ジャマイカにクリソツだからなんでございます。
え?
何?
どこが似てるんだって?
うんうんうん。わかるわかる。
そう思う気持ちはよくわかる。
でも、コレは紛れも無い事実なの。
奄美とジャメーカをクリソツなの。
もう、奄美が日本のジャメーカなの。
そう言いきっちゃってもいいぐらいなの。
というわけで、どこらへんがクリソツなのか?
まずは、そこらへんを説明したいと思います。
ぜひぜひチェケラッチョしていただいて
その驚愕の事実にオノノイテください(笑)
------------------------------
1)地理がクリソツ
------------------------------
ジャマイカは、皆さんご存知のとおり、カリブ海に浮かぶ南国ですな。
一方、奄美も、東シナ海と太平洋に挟まれた南国なわけです。
あら、クリソツ♪
------------------------------
2)歴史がクリソツ
------------------------------
ジャマイカは、もともと、先住民族の人々が住んでおりましたが
そこに大航海時代でブイブイいわせていたスペインがやってきまして
サトウキビのプランテーションを作り、先住民を労働者とするのです。
しかし、この労働が、かなり過酷だったようで・・・
しかも、スペインから疫病も持ち込まれてしまい・・・
先住民族のほとんどが亡くなってしまうのです。
それでスペインは労働力を確保するために
アフリカから黒人奴隷をつれて来て働かせるのですね。
なので、今では、ジャマイカ人のほとんどが黒人なわけです。
で、スペインが統治していたところに
今度は産業革命で急成長してきたイギリスがやってきまして
スペインとガチンコ勝負をした結果・・・イギリスが勝っちゃって
そのまま、ジャマイカはイギリスの統治下となります。
ここからジャマイカの公用語は英語となるわけですが
もともとの黒人の言葉に、スペイン語が混ざり
それに英語までもが混ざってしまったもんだから
ジャマイカでは パトワ と呼ばれる独特の英語が使われるわけです。
そうして、1960年代に、ようやくイギリスから独立したジャマイカですが
長いこと支配されていた影響で経済的に自立するのも難しく
ひらたくいえば、貧しい生活を強いられてきたわけですな。
これをまとめますと・・・
先住民族の時代
スペイン統治時代
イギリス統治時代
独立して現在に至る
という流れになるわけですね。
続いて奄美の歴史を見ていきますと・・・
奄美には、縄文時代から生粋のシマンチュが住んでいたようで
そのころは、狩猟・採集・漁労などで、みんな仲良く暮らしてましたが
そんな平和な奄美に、ある日、琉球王朝が攻め込んできます。
それで奄美は、琉球王朝の一部となりまして
琉球と、大和(日本)や中国との貿易の要所となります。
そんなポジションを欲しがったのが、江戸幕府。
薩摩藩に命令を出し、薩摩藩は奄美・沖縄を占拠します。
ここから始まったのが、奄美の黒糖地獄。
とんでもなく過酷な労働を強いられ、奴隷のような生活です。
その生活は、300年以上も続くわけですね。
そして太平洋戦争が終結した昭和20年。
奄美は、アメリカの統治下になります。
アメリカの統治は8年間に及び
昭和28年12月25日に、日本復帰したときに幕を閉じます。
しかし、この8年間の間に、日本と奄美との経済格差は大きく広がっており
その後、国の補助金などで復興を図りますが、いまだにその差は大きいです。
これをまとめますと・・・
奄美だけで生活していた時代
琉球王朝に統治された時代
薩摩藩に統治された時代
アメリカに統治された時代
日本に復帰してから現代に至る
という流れになるわけです。
ほれ・・・ なんだか歴史もクリソツでしょ?
------------------------------
3)音楽文化がクリソツ
------------------------------
ジャマイカは、皆さんご存知のとおり、レゲエ発祥の地ですね。
それ以外にも、カリプソ、メント、スカ、ロックステディなどなど
様々な音楽が、人々の生活に根付いています。
奄美も、最近ようやく認知度を上げてきましたが、島唄というものがあり
これは、黒糖地獄時代から、シマンチュの心の支えとなっており
人々の人生に、強く深く絡んでいるのです。
あららら、またまたクリソツじゃん
------------------------------
4)政治がクリソツ
------------------------------
ジャマイカは、JLPとPNPという2大政党があり
激しい権力闘争を行ってきました。
抗争中には、多くの一般人の犠牲もあったようです。
奄美は、その昔、保岡さんと徳田さんの権力闘争があり
保徳戦争という名前が付くほど激しさを増して
その状況が、全国ニュースになるほどでした。
あららら、似なくていいところも、クリソツ!
------------------------------
5)経済がクリソツ
------------------------------
ジャマイカは、1960年代にイギリスから独立しましたが
経済的基盤が未発達だったことから、大変貧しい生活を送っています。
現在でも失業率が高いようで、経済的な厳しさを物語っていますね。
奄美も、1953年に日本に復帰しましたが
その時点で、日本本土との経済格差がすさまじく
本土と渡り合えるほどの経済力など無かったことから
経済発展が立ち遅れていました。
その影響から、いまだに、平均年収は、最下位争いをするほどです。
もちろん仕事も少なく、失業率も国内平均を大きく上回っています。
また、最近では、生活保護受給率も、全国平均より突出しています。
あんまり喜ばしいことではないんだけども
貧しいところまでクリソツだす。
------------------------------
6)言語がクリソツ
------------------------------
歴史の部分でも書きましたが・・・
ジャマイカでは、公用語は英語となっているのですが
実際には、ジャマイカ訛りの英語が使われていまして
これが、あまりにも特徴があるもんですから
パトワと言われる、ジャマイカ英語が使われています。
一方の奄美は公用語はモチロン日本語ですけども
奄美にも、昔から伝わる方言がありまして
これが、万葉時代の日本語や琉球の言語がまざった
独特の言葉となっておりまして、
シマユムタ とか シマグチ と呼ばれています。
すげえ。こんなとこまで、クリソツ。
どうよ?
サクサクッと挙げただけでも
奄美とジャメーカのクリソツな部分がメジロオシでしょ?
もっと詳しく話しをしていくと
さらに似ているところが出てくるはずなんですよ。
それも、おいおいご報告して行きたいと思うのですが
今日、ここで、知っていただきたいのは
奄美とジャマイカは似ている
ということなんですね。
で、それは、ご理解いただけたと思います。
で、ここからが本題に入るのですが・・・
ここまで、奄美は、ジャマイカに似ているわけですから
ジャマイカが、レゲエという音楽で、世界的に認知されたように
奄美も、レゲエをはじめとした音楽で、認知されるんじゃないの?
・・・ということなんですね。
そう
奄美をジャマイカのように変えてしまえば
奄美も世界的にメジャーな島に変わるわけです。
そうすれば、世界各地との交流が深まり
奄美が活気づくキッカケとなり
奄美が活気づけば、そんな奄美に寄せられるように
人々が奄美を訪れるようになり
それによって、経済も回り始め
経済が回り始めると人々の生活も潤い
奄美全体が元気になるわけです!!
どうよ。ワンのこの壮大なプロジェクト。
なんだか、とてつもなくデカイ話でしょ?
でも、これが実現できたら、スゴイでしょ?
だから、みんなで、この計画を推し進めましょ?
はい。
じゃ、具体的に何するの?
・・・という話になりますよね
はいはいはいはい。カンタンです。
まずは、奄美で、レゲエ文化を植えつけるのです。
これは、20年間かけて、やってきたことですが
多くのシマンチュのご協力で前進しています。
まずは、サウンドが、どんどん誕生したし
そして、DeeJayも、続々と出てきているし
そして、奄美の現場が盛り上がっているし
さらには、内地で第一線で頑張っているヤツもいるし
さらにさらに、ニューヨークで修行しているヤツもいるし
本当に面白いことになっているのですね。
というわけで、
これからも、奄美ジャメー化計画、ガツガツ推し進めます。
そのために必要なのは、皆さんのサポートです。
みんなで、奄美を盛り上げていきましょう。
その盛り上がっている模様を、ブログでもご報告します。
そして、奄美がジャメー化していく経過も、ご報告します。
というわけで、皆さん、よろしくお願いします。
ご存知の方はご存知でしょうが
ワタクシめ、かれこれ20年以上前から
奄美ジャメー化計画 という
ヒトリヨガリなプロジェクトを提唱しております。
これは、その名称の通り、
ワキャ島奄美大島を
レゲエの聖地ジャマイカのような
ラフで、タフで、ナフリスペクトで
世界的にメジャーな島に変えてしまおう
という、とてつもなく壮大なプロジェクトなんでございます。
では、なぜ、ワンが、こんなプロジェクトを推進しているか?と言いますと・・・
ワキャ島奄美大島が、ジャマイカにクリソツだからなんでございます。
え?
何?
どこが似てるんだって?
うんうんうん。わかるわかる。
そう思う気持ちはよくわかる。
でも、コレは紛れも無い事実なの。
奄美とジャメーカをクリソツなの。
もう、奄美が日本のジャメーカなの。
そう言いきっちゃってもいいぐらいなの。
というわけで、どこらへんがクリソツなのか?
まずは、そこらへんを説明したいと思います。
ぜひぜひチェケラッチョしていただいて
その驚愕の事実にオノノイテください(笑)
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1)地理がクリソツ
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ジャマイカは、皆さんご存知のとおり、カリブ海に浮かぶ南国ですな。
一方、奄美も、東シナ海と太平洋に挟まれた南国なわけです。
あら、クリソツ♪
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2)歴史がクリソツ
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ジャマイカは、もともと、先住民族の人々が住んでおりましたが
そこに大航海時代でブイブイいわせていたスペインがやってきまして
サトウキビのプランテーションを作り、先住民を労働者とするのです。
しかし、この労働が、かなり過酷だったようで・・・
しかも、スペインから疫病も持ち込まれてしまい・・・
先住民族のほとんどが亡くなってしまうのです。
それでスペインは労働力を確保するために
アフリカから黒人奴隷をつれて来て働かせるのですね。
なので、今では、ジャマイカ人のほとんどが黒人なわけです。
で、スペインが統治していたところに
今度は産業革命で急成長してきたイギリスがやってきまして
スペインとガチンコ勝負をした結果・・・イギリスが勝っちゃって
そのまま、ジャマイカはイギリスの統治下となります。
ここからジャマイカの公用語は英語となるわけですが
もともとの黒人の言葉に、スペイン語が混ざり
それに英語までもが混ざってしまったもんだから
ジャマイカでは パトワ と呼ばれる独特の英語が使われるわけです。
そうして、1960年代に、ようやくイギリスから独立したジャマイカですが
長いこと支配されていた影響で経済的に自立するのも難しく
ひらたくいえば、貧しい生活を強いられてきたわけですな。
これをまとめますと・・・
先住民族の時代
スペイン統治時代
イギリス統治時代
独立して現在に至る
という流れになるわけですね。
続いて奄美の歴史を見ていきますと・・・
奄美には、縄文時代から生粋のシマンチュが住んでいたようで
そのころは、狩猟・採集・漁労などで、みんな仲良く暮らしてましたが
そんな平和な奄美に、ある日、琉球王朝が攻め込んできます。
それで奄美は、琉球王朝の一部となりまして
琉球と、大和(日本)や中国との貿易の要所となります。
そんなポジションを欲しがったのが、江戸幕府。
薩摩藩に命令を出し、薩摩藩は奄美・沖縄を占拠します。
ここから始まったのが、奄美の黒糖地獄。
とんでもなく過酷な労働を強いられ、奴隷のような生活です。
その生活は、300年以上も続くわけですね。
そして太平洋戦争が終結した昭和20年。
奄美は、アメリカの統治下になります。
アメリカの統治は8年間に及び
昭和28年12月25日に、日本復帰したときに幕を閉じます。
しかし、この8年間の間に、日本と奄美との経済格差は大きく広がっており
その後、国の補助金などで復興を図りますが、いまだにその差は大きいです。
これをまとめますと・・・
奄美だけで生活していた時代
琉球王朝に統治された時代
薩摩藩に統治された時代
アメリカに統治された時代
日本に復帰してから現代に至る
という流れになるわけです。
ほれ・・・ なんだか歴史もクリソツでしょ?
------------------------------
3)音楽文化がクリソツ
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ジャマイカは、皆さんご存知のとおり、レゲエ発祥の地ですね。
それ以外にも、カリプソ、メント、スカ、ロックステディなどなど
様々な音楽が、人々の生活に根付いています。
奄美も、最近ようやく認知度を上げてきましたが、島唄というものがあり
これは、黒糖地獄時代から、シマンチュの心の支えとなっており
人々の人生に、強く深く絡んでいるのです。
あららら、またまたクリソツじゃん
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4)政治がクリソツ
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ジャマイカは、JLPとPNPという2大政党があり
激しい権力闘争を行ってきました。
抗争中には、多くの一般人の犠牲もあったようです。
奄美は、その昔、保岡さんと徳田さんの権力闘争があり
保徳戦争という名前が付くほど激しさを増して
その状況が、全国ニュースになるほどでした。
あららら、似なくていいところも、クリソツ!
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5)経済がクリソツ
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ジャマイカは、1960年代にイギリスから独立しましたが
経済的基盤が未発達だったことから、大変貧しい生活を送っています。
現在でも失業率が高いようで、経済的な厳しさを物語っていますね。
奄美も、1953年に日本に復帰しましたが
その時点で、日本本土との経済格差がすさまじく
本土と渡り合えるほどの経済力など無かったことから
経済発展が立ち遅れていました。
その影響から、いまだに、平均年収は、最下位争いをするほどです。
もちろん仕事も少なく、失業率も国内平均を大きく上回っています。
また、最近では、生活保護受給率も、全国平均より突出しています。
あんまり喜ばしいことではないんだけども
貧しいところまでクリソツだす。
------------------------------
6)言語がクリソツ
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歴史の部分でも書きましたが・・・
ジャマイカでは、公用語は英語となっているのですが
実際には、ジャマイカ訛りの英語が使われていまして
これが、あまりにも特徴があるもんですから
パトワと言われる、ジャマイカ英語が使われています。
一方の奄美は公用語はモチロン日本語ですけども
奄美にも、昔から伝わる方言がありまして
これが、万葉時代の日本語や琉球の言語がまざった
独特の言葉となっておりまして、
シマユムタ とか シマグチ と呼ばれています。
すげえ。こんなとこまで、クリソツ。
どうよ?
サクサクッと挙げただけでも
奄美とジャメーカのクリソツな部分がメジロオシでしょ?
もっと詳しく話しをしていくと
さらに似ているところが出てくるはずなんですよ。
それも、おいおいご報告して行きたいと思うのですが
今日、ここで、知っていただきたいのは
奄美とジャマイカは似ている
ということなんですね。
で、それは、ご理解いただけたと思います。
で、ここからが本題に入るのですが・・・
ここまで、奄美は、ジャマイカに似ているわけですから
ジャマイカが、レゲエという音楽で、世界的に認知されたように
奄美も、レゲエをはじめとした音楽で、認知されるんじゃないの?
・・・ということなんですね。
そう
奄美をジャマイカのように変えてしまえば
奄美も世界的にメジャーな島に変わるわけです。
そうすれば、世界各地との交流が深まり
奄美が活気づくキッカケとなり
奄美が活気づけば、そんな奄美に寄せられるように
人々が奄美を訪れるようになり
それによって、経済も回り始め
経済が回り始めると人々の生活も潤い
奄美全体が元気になるわけです!!
どうよ。ワンのこの壮大なプロジェクト。
なんだか、とてつもなくデカイ話でしょ?
でも、これが実現できたら、スゴイでしょ?
だから、みんなで、この計画を推し進めましょ?
はい。
じゃ、具体的に何するの?
・・・という話になりますよね
はいはいはいはい。カンタンです。
まずは、奄美で、レゲエ文化を植えつけるのです。
これは、20年間かけて、やってきたことですが
多くのシマンチュのご協力で前進しています。
まずは、サウンドが、どんどん誕生したし
そして、DeeJayも、続々と出てきているし
そして、奄美の現場が盛り上がっているし
さらには、内地で第一線で頑張っているヤツもいるし
さらにさらに、ニューヨークで修行しているヤツもいるし
本当に面白いことになっているのですね。
というわけで、
これからも、奄美ジャメー化計画、ガツガツ推し進めます。
そのために必要なのは、皆さんのサポートです。
みんなで、奄美を盛り上げていきましょう。
その盛り上がっている模様を、ブログでもご報告します。
そして、奄美がジャメー化していく経過も、ご報告します。
というわけで、皆さん、よろしくお願いします。